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July 26, 2013

地質学と伊勢神宮

 遷宮の年ということで,伊勢参りに行ってきた.なぜか三重県はこれまで足を踏み入れたことがなかったので,これを機会に足跡をつけたいというのが素朴な動機だった.だが,せっかくのチャンスなので,自然科学の見方で多少の観察してみた.
 神社は大神神社のように神奈備などの自然物を拝するので,信仰対象に向かって構造物を作るのが原初の形と思われる.内宮では,五十鈴川沿いの瀧祭神が,社殿などがなく古来の形態を残している.現在は北に向かって拝礼するようになっているが,本来は水神として,あるいは境界を衛る神として五十鈴川に向かっていたのであろう.


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一方,伊勢の拝殿は内宮も外宮も,ほぼ真北を向いており,南面する君子に向かって拝礼する形になっている.これは国家神道としての形態だろう.神社は,概ね,この向きになっているものが多いそうである.


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  伊勢の建築物は,隣に遷宮用の敷地が用意されており,新しい建物が作られると,古い建物は取り壊されてしまう.これが二十年ごとに繰り返される.遷宮が二十年周期である理由には,技術保持のためなど諸説あるが,神社の構造物を一定期間で更新するのは,諏訪社の御柱祭でも行われている.巨木を使って依り代としての目印やトーテムを立てる習慣は古来からあり,これが朽ちてくると新しいものにすることは古くから行われてきたものと考えられる.伊勢のような場合,大規模な造営になるので,御柱祭の六年周期などでは短すぎるのだろう.


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 鹿島神宮の要石のような岩石祭祀の原初の姿は,瀧祭神などの他にも,御贄調舎の川沿いの石神などに残っているとみられる.神域のそこここに,そのような岩石祭祀の痕跡がある.


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 古代人にとって岩石は神が寄り来るランドマークになる.地質学的に見ると,内宮は御荷鉾緑色岩類,外宮は三波川変成岩類の分布地域にあり,それらは敷石などに多用されている.硬い変成岩は浸食などに強く,奇岩怪石ができやすい.こうしたことも,伊勢の立地に関係があるように思われた.


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 今回の三重の旅で,宿泊したことがない県は,残すところ滋賀県だけになった.

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July 03, 2013

科学を語るとはどういうことか

科学を語るとはどういうことか」を読了.科学哲学関係の本なのに,さらっと読めるものであるというだけでもお勧め.
 須藤さんが,伊勢田さんの術中にどんどんはまっていく様子が面白い.なにせ哲学者は2500年の間,議論を鍛えてきているのだから,この程度は朝飯前だろう.
 須藤さんは,科学論や科学哲学は自然科学にとって役に立たないと思っているらしいが,「演繹で新しいことを加えることはできない」とか「枚挙的帰納法の弱点は斉一性が前提となっていること」といった程度のことでも,はっきり示してくれることは,初学者には役に立つ.科学の失敗事件を見ていると,こうした初歩的なところでつまずいている例がたくさんあるからだ. この本では触れられていないが,天文学や地質学のように歴史科学の性質をもつもので,どうして「説明」が成り立つのか,という議論も傾聴に値する.一番基本の「科学とは何か」ということも,残念ながら須藤さんの考えは浅い.「科学とは何か」ということが一筋縄ではいかない,ということを示す点でも科学論・科学哲学は深い考察を持つ.
 一方で,N家氏のように,「準惑星の定義は会議で決めたのだから,科学の成果は社会構成産物」などというアホな揶揄をする人もいるから,いくら伊勢田さんが弁護しても,科学哲学に毒があるということも事実.
 せっかくなので,天文対話のザグレドように,両者の間をいく人物を一人入れて交通整理をすると,もっと面白い本になったかも知れない.

追記: 須藤さんが頭にきた書評というのはこれらしい → 人間的自由の行方 髙山守『因果論の超克――自由の成立にむけて』に寄せて 野家啓一

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