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July 03, 2013

科学を語るとはどういうことか

科学を語るとはどういうことか」を読了.科学哲学関係の本なのに,さらっと読めるものであるというだけでもお勧め.
 須藤さんが,伊勢田さんの術中にどんどんはまっていく様子が面白い.なにせ哲学者は2500年の間,議論を鍛えてきているのだから,この程度は朝飯前だろう.
 須藤さんは,科学論や科学哲学は自然科学にとって役に立たないと思っているらしいが,「演繹で新しいことを加えることはできない」とか「枚挙的帰納法の弱点は斉一性が前提となっていること」といった程度のことでも,はっきり示してくれることは,初学者には役に立つ.科学の失敗事件を見ていると,こうした初歩的なところでつまずいている例がたくさんあるからだ. この本では触れられていないが,天文学や地質学のように歴史科学の性質をもつもので,どうして「説明」が成り立つのか,という議論も傾聴に値する.一番基本の「科学とは何か」ということも,残念ながら須藤さんの考えは浅い.「科学とは何か」ということが一筋縄ではいかない,ということを示す点でも科学論・科学哲学は深い考察を持つ.
 一方で,N家氏のように,「準惑星の定義は会議で決めたのだから,科学の成果は社会構成産物」などというアホな揶揄をする人もいるから,いくら伊勢田さんが弁護しても,科学哲学に毒があるということも事実.
 せっかくなので,天文対話のザグレドように,両者の間をいく人物を一人入れて交通整理をすると,もっと面白い本になったかも知れない.

追記: 須藤さんが頭にきた書評というのはこれらしい → 人間的自由の行方 髙山守『因果論の超克――自由の成立にむけて』に寄せて 野家啓一

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